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2010年1月11日 (月)

成人の日

成人の日、おめでとう。
今日は成人の日なのであちこちで着物の若い人を見かけました。
本学にも新成人になる学生たちがいます。

小さな子ども達を20歳になるまできちんと育て上げた
親御さんや周囲の大人たちの苦労や努力を感じます。
もちろん、成人式は若い人のものですが、
関係する大人達にとっても感無量でしょう。

私自身がこのように思うのはまだ当分先ですが........

2009年12月31日 (木)

お客さんへの配慮、はがしやすいセロテープ

立川の本屋に本を買いにいきました。

本を買って、帰りの電車の中で本のはいったビニールの袋を開けようとしたところ、
袋の上部に貼付けてあったセロテープの片方が少しだけ折られていて
とても開けやすくなっていました。

この袋のセロテープを剥がすのは面倒で、
いつも引きちぎっていました。

こんなささやかな、お客さんへの配慮ですが、うれしくなりました。

テープの端が自動的に折れるテープカッターとかデザインできないのでしょうか。

大晦日のいい気持ちになれた出来事でした。

皆様、今年はいろいろお世話になりました。
ありがとうございました。
よいお年をお迎えください。


私と同じ思いをされた方がいました。
CSTAの気楽な日々

2008年9月 2日 (火)

鬼頭梓氏の葬儀に参列

Img_3799前のブログに建築家の鬼頭梓氏の逝去について書きました。自分が高校生の時に、たった一日だけお会いした方でしたが、大変お世話になった方です。そのときのお礼のつもりで逝去のことを書かせていただいて、それ以上のことは何もできないと思っていました。

しかし、ブログを書いたあとで、すぐに、佐田祐一建築設計研究所の佐田さんという方からコメントをいただき、今日の葬儀の情報をいただきました。佐田さんは鬼頭氏の事務所のOBのようです。佐田さんからメールをいただくまでは、高校生の時に、一度だけお会いした著名な方の葬儀だけに参列するなんて心苦しくてできないと思っていたのですが、ネットで私のブログを見つけて、見ず知らずの私に声をかけていただいたことに感謝して、本日、葬儀に出席させていただきました。ネットってすごいです。声をかけていただいた佐田さん、ありがとうございます。

会場は、キリスト品川教会。JR品川駅から徒歩10分程度にありました。写真がその教会ですが、鬼頭氏の設計だそうです。自分で設計した協会で自分の葬儀をあげられたのですね。鬼頭氏はクリスチャンでした。会場にはたくさんの建築関係者とおぼしき方たちがいらしていました。もちろん知っているひとは誰もいません。

葬儀がはじまり、生前親しかった方やご親族のお話を聞いていくうちに、高校生のときに鬼頭氏からお聞きしたことの記憶の断片が少しずつ繋がっていきました。

葬儀の中で「鬼頭氏は自分の筋を通される方」「営業はしない。建築は(信頼されて)頼まれてするものという考えをもっておられた」というお話も聞きました。

私が高校生の時に、事務所の経営が苦しかった時期もあったということをお聞きしたことを思い出しました。やみくもに営業して、仕事を得てもそのときは経営的に楽かもしれないが、そうしないで自分のポリシーにあわない建築は作らない、という厳しい態度の方だったのです。なかなかできることではありませんが、建築はその建築家がなくなったあとも残るものです。その建築家が毅然とした態度で作ったよい建築だけが、人々に長く親しまれるはずです。

自分自身の筋を通して生きることが、そのときはつらいかもしれないが、最後は自分を高め、よい作品を残し、他者の信頼も得られるのです。鬼頭氏は、そのように自分自身が毅然として自分の仕事を果たし、社会的な責任をもって社会に貢献する職業をプロフェッションと呼び、建築家もプロフェッションであるべき、と考えられていたのでしょう。

葬儀に参列させていただいて、私は、プロフェッションとしての建築家に徹した鬼頭氏のお話に触れることができて本当によかったです。今日の葬儀で、鬼頭氏に高校生の時にあってお聞きしたことが長い年月を越えてつながりました。高校生の私に「プロフェッションとして生きるべき」と教えてくれていたのです。私もそうありたいです。鬼頭氏の冥福をお祈りします。

鬼頭氏の書籍が出ています。
建築家の自由―鬼頭梓と図書館建築

鬼頭梓建築設計事務所

キリスト品川教会

2008年8月22日 (金)

建築家の鬼頭梓さん死去

建築家の鬼頭梓さんが亡くなられた。82歳。この方の息子さんは私の高校の同期生。私は高校の時に、建築家という仕事がどんなものか知りたくて、彼のお父様が建築家だということをどこかで聞きつけて、彼に頼み込んで、日曜日にご自宅にお邪魔してお父様のお話を聞かせていただきました。

今、思えばこんな大家の方のお話を聞けたなんて幸せでした。鬼頭さんは、何も分からない私に、とても丁寧に建築の仕事について「かなり」長い時間、説明していただいたことを私はいまでも鮮明に覚えています。東京経済大学図書館や山口県立美術館の設計プロセスも話していただきました。

「建築家とは、弁護士や医者とならぶプロフェッションだ。」と言われたのを覚えていますが、私は「建築家とは、尊敬と責任を伴った専門家」と受け止めました。

結局私は建築の道には進みませんでしたが、鬼頭さんが丁寧に説明していただいたことは、私がその後、デザインの道に進んだことに大きな影響があったと思います。 合掌


アサヒコム 建築家の鬼頭梓さん死去

2007年7月 8日 (日)

岳父の一周忌法要

Img_1204もうはやいもので1年たちました。亡くなった岳父より、今、私は一年長生きしているのですが、その分、しっかり一年間生きていたのかというと、そういうわけでもありません。時間を大切にしなければなりません。法要の時に住職から「日日是好日」の言葉についてのお話がありました。いい言葉ですね。意味についてはググって見てください。これで滞っていたブログのコンテンツはひとまず書きました。これからは溜めずに書きたいです。

2006年12月10日 (日)

喪中につき

喪中につき、新年のご挨拶は失礼させていただきます。よろしくお願いします。

2006年11月 5日 (日)

岳父の納骨

今日、親戚だけが集まって岳父の納骨がありました。もう早いもので百箇日をすぎました。本堂で住職にお経をあげていただき、私が骨壺のはいった箱を持ってお墓に向かいました。ずっしり重いです。納骨を済ませたのでこれで葬儀のプロセスは一段落しました。その後、お寺の中で親戚と会食しました。岳父の故郷は山形ですが、家族は東京にいるので、お墓も東京になりました。岳父のこと、人の死、残された者がお墓を守るということなど、いろいろ考えた一日でした。

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